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雷神トールが釣りに行く。
ここだけ聞くと、戦いの間の息抜きみたいな話を想像しそうだよね。ところが、針に掛かる相手は大蛇。引っ張り合ううちに舟まで壊れる勢いで、のんびりした釣りにはなりません。
しかも、同じ舟に乗っている巨人ヒュミルは、トールと同じ気持ちでこの勝負を見ていません。さらに沖へ進みたいトールと、これ以上は危ないと考えるヒュミル。この二人の違いを追うと、大蛇が現れる前から場面が動いています。
この記事では、Project Gutenbergで公開されているRasmus B. Andersonによる『若いエッダ』英訳の49節を読みます。日本語の訳本にそのまま置き換えず、この英訳で語られる流れを一つの手がかりにしましょう。
そのあと、デンマーク国立博物館が解説する石の絵を見比べる方法も紹介します。本文と図像で何が同じで、何が違うのか。神話を一行の結末へ縮める前に、舟の上で起きることを追ってみよう!
若者に見えるトールと、舟を出すヒュミルから始めよう
まず、大蛇だけを先に覚えなくても大丈夫。
この話の入口にいるのは、若者の姿で巨人の家を訪れるトールです。英訳49節は、先の旅から戻ったトールが、しばらくして新しい旅へ出る流れから語っています。
今回の旅では、車や山羊、同行者を連れず、若者の姿でヒュミルのところへ来る。ここを読むと、いつもの装備を並べた雷神の絵だけでは、巨人からどう見えているかをつかめません。
トールは一晩泊まり、翌朝、海へ釣りに出る準備をするヒュミルへ、自分も一緒に行きたいと申し出ます。ヒュミルは、相手が小さく若いので、あまり助けにならないと考え、遠くへ出て長く留まれば寒くなると告げます。
あれ、まだ大蛇は出ていないのに、もう二人の見方が違う。
トールが誰なのかを知って読む私たちと、目の前の若者を見て返事するヒュミルでは、持っている情報が違うんだね。ここは、この場面を読む面白さの一つです。
ただ、ヒュミルは最初からトールの正体を全部知っていた、とはこの記事で補いません。まず、選んだ英訳の本文で何が語られているかを見ます。読者が知っている神の力と、登場者の反応は別々に置きましょう。
返事を受けたトールは怒りますが、その場で巨人へハンマーを振るうことは控えます。別の場所で力を試そうとする、この一手が、そのあとの舟旅へつながっています。怒ったから即座に戦って終わる話にはしないところです。
ここで読む順番を整理するなら、訪問、一泊、翌朝の申し出、返事を受けた反応。その四つで十分。登場する名前を全部調べる前に、何をしたあとで次の場面へ進んだかを書いてみます。
自分で本文を開くときは、『若いエッダ』英訳の49節を探してください。ページの章見出しと、段落の節番号を分けて見ると、49という数字を巻数や章番号と取り違えにくくなります。
英訳では巨人の名前がHymerと綴られています。この記事ではヒュミルと呼びます。日本語の本で表記が違っていたら、綴りや役割を見て対応させよう。名前が違って見えるだけで、いきなり別の人物を増やさないためです。
日本語で話の入口を探したい人には、谷口幸男の『エッダとサガ―北欧古典への案内―』が候補になります。出版社が公開する目次には、トールのミズガルズ大蛇釣りを扱う項目があります。
この本は、神話のほかに英雄伝説やサガも紹介する案内書です。今回確認したのは出版社の紹介と目次であり、その項目の本文を読んだ感想ではありません。まず一つの話を探す手がかりとして、目次へ戻れる本を選ぶ方法です。
旅の始まりを見つけたら、次はいよいよ舟へ。
大蛇と向き合う前に、二人がどんな反応を返しているかを覚えておくと、糸が切られるところまで話がつながります。
大蛇釣りの項目がある谷口幸男『エッダとサガ』を楽天で確認する
釣り餌、沖へ進む距離、舟の底。勝負までの動きを追う
釣りに行くとなれば、餌がいる。
ヒュミルから自分で用意するよう言われたトールは、巨人の牛の群れへ行き、最も大きな牛の頭を取って海辺へ運びます。49節の英訳で、餌として用意されるものです。
日常の釣り道具を思い浮かべていたら、この時点でかなり違うよね。神話の出来事として、どれだけ大きな相手へ向かうのかを読む材料になります。実際の釣りの方法や、古い人々の一般的な習慣の証拠としては扱いません。
舟へ乗ったトールは力強く漕ぎ、ヒュミルも舟が速く進むことを認めます。若いから役に立たないと考えていたところから、目の前の動きへ反応が変わる。入口の返事と並べると、舟の上でも人物の見方が動いています。
やがて、ヒュミルがいつも魚を釣る場所へ来る。それでもトールは、もっと遠くへ進みたいと考えます。もう一度進んだところで、ヒュミルは大蛇がいるので危険だと告げますが、トールはさらに漕ぎます。
ここ、舟が一つでも、目的はそろっていません。
いつもの釣り場を目安にする巨人と、その先へ進もうとする神。同じ船にいることと、どこまで行きたいかが同じであることは、別なんだね。
読むメモなら、ヒュミルが止まりたい場所と、トールが続けたい場所を分けて書いてみよう。海まで来た、という一行だけより、どこで意見が食い違ったかが残ります。のちの恐怖も、突然の反応ではなくなります。
そのあとトールは、強い糸と針を用意し、牛の頭を餌にして海へ入れます。大蛇が餌へ食いつき、針が口に掛かると、今度は引っ張る相手が二人からトールと大蛇へ変わります。
英訳は、大蛇が強く引き、トールの両手が舟の縁へ打ち付けられることを語ります。トールは怒り、力を使い、両足が舟を突き抜けるほど踏ん張る。大蛇を引いたからすぐ勝利、とは進まない場面です。
いったん、動きの向きを考えてみて。
海へ沈めた餌、大蛇が掛かる、舟へ引き寄せる、足が舟を突き抜ける。上下と引っ張り合いが分かるだけでも、人物名の羅列より舟の上の出来事を想像しやすくなります。
大蛇は舟の縁まで引き上げられ、トールと向き合い、毒を吐きます。一緒にいるヒュミルは、その大蛇と舟へ流れ込む水を見て恐れる。相手だけでなく、自分が乗る舟の状態も、反応の背景へ入っています。
ヒュミルの反応を、自分ならこう思うはずだと丸ごと補う必要はありません。本文が挙げる大蛇と水を見る。そこから、この場面で恐怖が強まると読める範囲を考えます。描写と読者の解釈を分けると、次の行動へ戻れます。
大蛇が出るまでに、これだけ動いている。
話を短く紹介するときも、餌を用意して、いつもの場所より沖へ進んだという流れを残すと、釣りの場面が突然の怪物退治へ変わらずに済みます。
日本語の案内書を選ぶ場合も、大蛇釣りという項目があることを確認してから、その場面へ進む方法が取れます。買う前に本の紹介を読み、今回知りたいのがどの話かを一つ決めておこう。
糸を切ったあとを読む。勝ったかどうかを急いで決めない
トールがハンマーを持ち上げる。
ここでそのまま大蛇を倒し、二人で岸へ帰るのだろうと思っていたら、次の動作はヒュミルから来ます。英訳では巨人が釣り用のナイフを探り、舟の縁でトールの糸を切ります。
すると、大蛇は海へ沈む。
釣り上げようとする力を、同じ舟の上から止めることになる。トール対大蛇の勝負だけを見ていたら、この人物の動作を飛ばしてしまうところです。
ここは、糸を切る前と後を二つの行へ分ける読み方がおすすめ。切る前は、針の掛かった大蛇が舟のそばまで来ている。切ったあとには海へ沈む。何が変わったかが、その動作の役目になります。
ただし、大蛇が海へ戻ったことだけで、物語の最後を閉じないでね。トールは、そのあとハンマーを投げます。さらに英訳の語り手は、頭を打ち落としたとも言われる一方、大蛇はなお海で生きているという判断を述べています。
あれ、結末を一つの答えへそろえたくても、本文の語り方に違いが残っている。
ここを消してしまうと、最初から最後まで一枚の映像のように説明できるかもしれません。でも、今回読んだ英訳は、そういう語り方だけではありません。
語られている出来事と、語り手がどう扱っているか。その二つを見よう。別の説へ触れたうえで、どちらを採るかという言葉があるなら、その言葉まで読む。神話の本文は、出来事の名前だけを並べた表とは違います。
この英訳には話を聞く側と答える側もいます。だから、ここで述べる判断を、今回の記事の書き手が現実の大蛇の生死を確認したかのようには扱いません。物語の中で、答えがどう語られているかを示す材料です。
最後にはトールが巨人を殴り、巨人は海へ落ち、トールは岸へ戻ります。二人が仲良く釣果を持ち帰る場面を、続きを作るつもりで足さないこと。舟へ乗る前からあった違いが、最後まで残る話として読めます。
読むメモへ残すなら、巨人が切る、蛇が沈む、神が投げる、語り手が結末へ言葉を加える。その順です。一行の倒した・倒さなかったへ急ぐより、どのところで解釈が動くかを見つけられます。
ほかの翻訳へ進むなら、同じ場所を探して、その語り方を比べてみよう。今回の古い英訳の一語一語が、ほかの翻訳でも同じ形で出てくると決めないでください。人名の表記と同じように、文章の対応も確かめます。
また、ラグナロクでの対決を先に知っている人は、今回の釣りの場面と最後の戦いを分けて読もう。一方の結末を、もう一方の場面へ先に貼り付けない。その場面で何が起きるかを読むほうが、人物の動きも見えてきます。
当サイトのラグナロクの記事で扱う全体の流れと、この記事の舟の上の動作は、読みたい範囲が違います。今回は一つの場面へ立ち戻って、誰がどこで勝負を変えたかを見る入口です。
翻訳本文へ進む前に話の場所を知りたいなら、目次に大蛇釣りがある案内書を確かめる方法もあります。関連本を何冊も増やす前に、今読みたい一場面の名前を持って探すと選びやすいよ。
石の絵の解説と比べて、残された場面の違いを楽しむ
文章で舟の上の動作を追ったら、今度は別の資料へ。
デンマーク国立博物館のHørdum教会の石の絵に関する教材は、トール、大蛇、ヒュミルの場面を説明しています。
公式教材PDFの1ページにある説明では、大蛇が針に掛かり、トールが強く引くことで足が舟を突き抜けています。巨人は大蛇を恐れ、斧を持ち上げ、糸を切って大蛇を逃がそうとしていると解説されています。
ここで見比べたいのは、足と、切る道具。
先ほど読んだ英訳も、足が舟を突き抜ける動きを語りました。一方、糸を切る道具は英訳では釣り用のナイフ、博物館の図像解説では斧です。二つを混ぜて同じ道具だったとまとめません。
本文を先に知ると、図像の説明にも同じ結末を当てはめたくなるよね。でも、英訳の文章と石の絵の解説は、別々の資料です。何が共通して、何が違うかを残すほうが、比較の面白さになります。
メモを作るなら、左へ英訳、右へ博物館の解説。糸に掛かった相手、舟と足、巨人の道具を一行ずつ書きます。すべて一致するかを採点する表ではなく、違いを見つけるための並べ方です。
同館は、海がヴァイキング時代の移動や物語に重要だったことも説明しています。ただ、この石の場面だけから、当時の人全員が神話をどう信じたかまでは断定しません。図像が残ることと、すべての人の内面を知ることは別です。
石の絵を自分で見る場合も、先に神話の名前を当てて終わるより、どの形を舟や人物と読むのか、同館の解説と合わせて見てみよう。この記事は、写真の細部を実見して新しい考古学的判断を加えるものではありません。
大蛇が現れる怖さ、止めたい巨人の動作、まだ引こうとするトール。それらを一つの場面として見ると、強いハンマーだけでは終わらない読み方になります。何が強いかより、どこで動きが変わるかへ目を向ける方法です。
本を選ぶときも、今回はその一場面へ戻れる案内が欲しいのか、翻訳本文を読みたいのかを決めよう。『エッダとサガ』は案内書として、今回確認した出版社の目次と紹介に基づいて候補にしています。
紙の版を選ぶ場合は、ISBN9784106038136を販売ページで照合します。楽天の検索には電子版や中古も出るので、読める形と状態をそろえて比較してください。題名が似ている別のエッダ翻訳と、同じ本だと思って注文しないようにしよう。
最初は、雷神が釣りへ行くという入口だった。
読んでみると、誰が沖へ進み、誰が糸を切るのかで、勝負の形が変わりました。石の絵の解説へ進むと、同じ場面を残す道具の違いも見つかります。
大蛇の名前を覚えたら、次は舟の上へ戻ってみて。
トールだけを見る日と、ヒュミルの動作を追う日では、気づくところが違うかもしれない。同じ一場面を、別のところからもう一度読める。ここを北欧神話を楽しむ次の入口にしよう!